あれこれ トミこれ事件簿(´▽`)

世の中のふとした難題をその場の勢いとノリだけで解決していく。

チョコバナナのおばさん。

 

 

 

 

 

 

 

じゃんけーん!ポン!!

 

 

「はい、1本ね~!!」

 

行列が並ぶ屋台で、ひと際大きな声が全体に木霊する。

 

先頭にいた少年は、肩をガックシと落とし。力ない表情で、チョコバナナを1本片手にトボトボと歩いていく。

 

また1人、勇敢に立ち向かっていった勇者が力およばず敗れていってしまった。

 

 

 

僕らが今並んでいるのは、毎年地元で開催されるお祭りの大人気店の1つ「チョコバナナ」の屋台だ。

 

 

当時小学6年生だった僕達が、この祭りに参加するのはもう何年目だろうか。

幼稚園の頃から毎年参加している超ベテラン勢である。

 

僕を含めた4人組のグループ、武藤、木村、丸山は、今日ある決意をしてこの「チョコバナナ」の屋台に並んでいる。

 

この「チョコバナナ」の屋台では1本200円で販売すると同時に、じゃんけんで勝つともう一本貰えるというボーナスがついてくる。因みにあいこも負けになる。

 

 

その屋台には、毎年ガーディアンの如く君臨する守護神がいる。

 通称「チョコバナナのおばさん」

 とにかくじゃんけんが強い。

 

口癖は「はい、1本ね」

勝ちを確信しているのか、有り余る自信からか良く分からないが、もはやじゃんけんの手を出す前から「はい、1本ね」と宣告する。じゃ~けん~はい、1本ね~。こんな感じで自分が負けるという事を一切想定していない。

 

そして、その相手は誰であろうと一切お構いなし。JKであろうと、アラサー男であろうと、幼稚園児であろうと、老人であろうと「はい、1本ね」とだけ告げる。

手加減と言う言葉を生まれながらにして、母体に置いてきてしまったのだろう。

 

そのあまりの非情さと強さから地元ではちょっとした騒ぎになり、あれは怪物、あれはバケモン等と年を追うごとに、どんどん話題になっていった。

 

 

あれに勝てれば英雄。

いつしか「チョコバナナのおばさん」に勝てればそんな称号を手に入れられるまでになっていった。

 

 

無論僕は、今まで1度もこのおばさんを打ち負かした事が無い。

一体何度「はい、1本ね」と聞いてきたのだろう。また1本か。となっただろう。

どう軽く見積もっても20回は聞いている。

「チョコバナナのおばさん」も、またカモがやって来た。と鼻で笑っているのだろう。

 

 

 

僕も英雄になりたい。

このまま舐められっぱなしは嫌だ。何とかぎゃふんと言わせたい。

そう決意した僕は今年こそはこのおばさんを打ち負かす。と心に強く誓った。

 

そして、僕と同じく毎回参戦している3人の負け犬達と一緒に、この列に並んでいる。

この4人の団結力はちょっとやそっとじゃ崩れない。お互いの夢、今日このおばさんを倒すために僕らは何があろうと協力し合う事を約束する。

 

 

「お前ら!結果がどうなっても恨みっこ無しな!」先陣を切る武藤が告げる。

 

「まぁでも誰かしら勝てるっしょ!」「確かに!でも2/4くらいでは勝ちたいよな~」と木村、丸山、僕とそれに続く。

 

僕らは、列に並ぶ前にある作戦を立てていた。

 

 「チョコバナナのおばさん」を倒すのは一筋縄ではいかない。考えなしに各々が突っ込んで行けば、下手すりゃ全滅と言った事にもなりかねない。

 

そこで僕らは列に並ぶ前に「チョコバナナのおばさん」を冷静に分析し始めることから始める。

 

じゃーんけーん!

 

「はい、1本ね~」

 

次々に敗れていく人々の表情とおばさんの出す手を冷静に分析する。 

 

 

「今のはチョキだったな。」「あぁ。今のは俺だったら勝ってた。」

 

 

 

 分析は思いのほか上手くいかなかった。

 

 

 

そもそもじゃんけんである。確実に勝利に導く勝ち筋を見つけるのは、ほぼ不可能に近い。

 

しまいには「顔的にグー」「優しい人に関してはパーが有効」「パワータイプに真っ向からパワーで挑んでも勝ち目はない」等と言ったじゃんけんに全く役に立たないような情報を交換しあう始末である。

 

 

 

 しかしここで丸山が切り出す。

 

「見つけたわ。俺」

 

なになに!?と興味深々で皆丸山の前に集まり出す。

 

「見てろ。次は多分パーかチョキだ」

 

 えっ!!!???

 

じゃーんけ~ん

 

はい、1本ね~

 

おばさんは、パーを出しながら「はい、1本ね」と言っていた。

 

マジか!??お前!なんでわかった!?

 

群がる僕達に対し、丸山は偉そうに告げる。

「あいつは同じ手は三回以上出さない。つまり、グーが二回出ていたら次はパーかチョキと断定できる。」

 

ようやく、それっぽい意見が出てきた。

 

なるほど、確かに言われてみればそうかもしれない。

これは、大きな収穫だ!でかした丸山!と思った矢先である。

 

 

「で?」

すかさず、武藤がツッコむ。

 

で?とは?と不思議そうな顔をする、丸山に対し武藤が続ける。

 

「いや、だから~チョキかパーか断定出来て次何出せばいいの?ってこと。仮にどっちかを出したところであいこになる可能性あるし、確実には勝てないっしょ?」

 

鋭いところを付いてくる武藤だが、こいつはさっきまで「かに座の奴ならチョキ」等と全く訳分からない事を言いながら僕と笑い転げていた奴だ。

 

 

他人の意見となるとこうまで厳しくなるものなのか。

 

そして、すかさずそれに木村も続く。

「まぁ3回連続で出さない事は分かったとして、俺達がじゃんけんする4回の間に同じ手が2回連続で出なかったらどーすんの?」 

 

 

 一瞬で丸山は論破された。

 

パーを言い当てて、さっきまで「俺エスパーだから!」等とほざいていた丸山だっが、言い返す言葉が見つからないようだ。

伸びった天狗のような鼻は、ユリゲラーの持つスプーンのように簡単にへし折られた。

 

 

 

 結局、色々と意見を出し合い、試行錯誤した結果。

皆違う手を出すか?もしくは、皆同じ手を出すか?

 

 

これに落ち着いた。

 

 

何の時間だったんだと。結局それかと。

 

そして、皆違う手を出したら結局同じ、そして作戦を立てた意味が無いという苦し紛れの意見から皆同じ手を出すことを決めた。

 

 

「いいな、皆パーだぞ?」

出す手はパーに決まった。因みにパーの理由はおばさんがどう見てもグータイプと言う謎の根拠から来ている。

 

 

「いいな!結果がどうなっても恨みっこ無しな!」 

順番決めのじゃんけんで僕らの中で1番最初に負け、先陣を切ることとなった、現在じゃんけんランク最下位の武藤が偉そうに告げる。

 

「オッケーオッケー」「誰かしら勝てればそれでいい。」 

クールに言い放つが 皆、うずうずしている。自分の番が近づいて来るに連れ、みなぎる力が抑えられない。

 

 

当然、僕も燃えていた。

今まで何度敗北を味わって来たことか。敗れる度に僕は「来年こそは必ずぶっ飛ばす。待ってろババア。」と悔しい気持ちを心に留めてきた。

 

チョコバナナ。せいぜい原価は30円~40円といったところか。それを1本200円で売りつけるとは、さぞいい商売だろうな。今年こそは必ず2本奪っていく。

 

「今年のチョコバナナの屋台は例年に比べて原価高くない?」

とか言わせてみたい。

 

「いや、それが今回凄いじゃんけん強い子達が居てね。わたしでもありゃどうしようも無いよ。彼らこそがジャンキング。世代交代の時ね。」

とか言わせて、できれば僕らがそのチョコバナナの屋台をやりたい。

  

 

 

 

チョコバナナのおばさんを倒す。

我々は今日その偉業を成し遂げ、英雄の称号を手に入れるのだ!

 

 

 しばらく並んでいるとようやく僕らの出番が近づいて来る。

「パーだよな!?」武藤からもう3回目くらいの確認が入る。

 

「パーだよ、うるせぇな!!」

 

みんな偉そうな事を言っておいてやはり、不安になって来たのだろう。

妙な緊張感が走る。

 

 

 並び始めて約20分くらい経った頃だろうか?

ようやく僕らの番が回ってきた。

 

 

因みに順番は、先鋒、武藤。中堅、木村。副大将、丸山。大将、僕。という順番である。

 

「行って来るわ。」

先鋒の武藤が、気合満々で先陣を切っていく。

 

 

最初が肝心だ。頼むぞ、武藤。

皆の注目を集めながらじゃんけんの体制に入る武藤。

 

「いくぞ!!!」

 

 

は~い

 

じゃ~んけ~ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、1本ね~!」

 

 

無常に響き渡る「はい、1本ね」

武藤は、あっけなく敗北していった。

 

「チッ!」と舌打ちを鳴らし、武藤はチョコバナナを1本片手に列から除外された。

その後ろ姿は余りにも悲しかった。

 

 

儚い。

 

1人の少年の夢が、皆で高め合った夢が一瞬にして散っていってしまった。

小学6年生の少年達から見たその光景は壮絶な儚さを物語っていた。

 

 

 あんなのにはなりたくない。

 

皆口にはしないが、後ろに控える3人の戦士たちは間違いなく心の中でそう思っただろう。

 

 

 

「次は俺か。」

頼むぞ、木村。武藤の為にも、あのおばさんに一泡吹かせてくれ!

 

木村は財布から200円を取り出し、戦いに挑む。

 

 

じゃ~んけ~ん

 

 

 

 

 

ぽん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、あ、1本どうぞ~」

 

!!!???

 

ん?なんか聞きなれない言葉聞こえた。

空耳かな?と自分の耳を疑ったが、次の瞬間。

 

 

 

「うぉっしゃああああ!!!!」

木村が、チョコバナナを2本天に向かってかざしながら、勝利の雄たけびを上げていた。

 

勝った!!木村が勝った!!!

 

すげぇ!いいなぁ~!

周囲の羨ましい視線を集めながら木村は満足気な表情を浮かべる。

 

 

木村は、貰ったチョコバナナ2本を食べる事無く、ひたすら周囲に自慢するように見せびらかす。

 

 

 

当時、Twitterや、インスタグラム等は無く、インターネットで全世界にそれを広める術はない。

「勝っちゃいました!2本ゲット!俺にじゃんけん勝てる奴おる?w」

と言った文章と同時に、チョコバナナを2本持ちながら腹立つ笑顔の画像と一緒に送られてくるうざいツイート等はできなかった。

 

 

その場で感賞に浸って、ひたすら自己満足すると言った世界なのだ。

 

 

因みに、武藤はすでに1本食べ終えていた。もう手には”割りばし”しか残っていなかった。

 

周囲のどよめきを背に、木村は文字通り英雄になった。

 

 

 

いいなぁ~。俺も、ああなりたい。 

 

口にはしないが、後ろに控える2人の戦士たちは間違いなくそう思っただろう。

 

木村みたいな英雄になりたい。武藤みたいな割りばしを持ちながら、ふてくされてるダサい戦士にはなりたくない。 

 

 

妙な感情が少年達を包み込んでいく。

 

 

続く3回戦。

丸山が望む。

「行くわ。てかもう勝てる気しねぇわ。」

 

少し、弱気になる丸山だったがその気持ちは、何となく分かる。

目の前であんなものを見せられたのだ。こんな奇跡が2回も起きるものか?と多少自信を失うのも無理はない。

 

丸山は少し不安気な表情で戦いに出ていった。

 

 

 

いくよ~

 

じゃ~んけ~ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、1本ね~」

……

 

ガックシとうなだれる丸山。

 

 

終わった。

無念丸山。やはり負けてしまったか。

 

しかし、武藤がすかさず丸山に喝を入れる!

「おい!!お前何でパー出してねぇんだよ!!!」

 

????

 

よく見ると丸山はパーではなくグーを出していた。

そして、おばさんも同様グー。あいこで負けていた。

 

「あーぁ勿体ねぇ!ちゃんとパー出してれば勝ってたのによ~。てか何でお前パーじゃねんだよ!約束したじゃねぇかよ!!」

 

武藤は怒っていた。

あれ程固い友情と絆を分かち合ったのにも関わらず、ここで裏切りが発生した。

じゃんけんの勝ち負けとは関係なくそれが許せなかったのだろう。

 

険悪なムードが立ち込める。

 

 

因みに、その横で木村はチョコバナナをほうばりながら「どんまい」とだけ言っていた。

 

「わ、わりぃ、なんかプレッシャーっていうの?圧っていうのか良く分かんけど、おばさんの目の前に立ったら良く分かんなくなって違うの出しちゃったわ。えへへ」

見苦しい言い訳を放つ丸山に対し、

 

武藤は「チっまぁいいや。負けたし」と邪悪な一言を放つ。

 

内部崩壊が始まろうとしている。

 

丸山よ、なんて哀れなんだ。しっかり約束を守っていればお前も英雄になり、こんなに攻め立てられることも無かっただろうに。

 

と、僕以外の周囲の人間達はそう思っただろう。

 

残念ながら、僕は丸山の気持ちが死ぬほどわかってしまっていた。

 

前の木村が勝った時からすでにこの思考回路におちいってしまったのだろう。

 

 

俺もあぁなりたい。そして僕らの中で誰かが勝てば良いという目標が達成された瞬間、己の欲望が前面に出る。

そして、その欲望はパーを出すという約束など余裕で超えていく。

こうなった人間の脳内は「別に木村勝ったし良くね?」であり、己が勝つ事しか考えなくなる。

 

己の事しか考えなくなった人間はやがて、無駄な思考回路が頭をよぎり始める。

「パーを出す意味がない」「2回連続でグーが出るはずが無い」こうした余計な考えが自らをどん底へと突き落とすこととなるのだ。

 

 

しかし、僕は今変わった。

 

内部崩壊が起きようとしている現状。自らの術中にハマり哀れな結末を迎えた丸山を見てハッとした。

 

違う。約束したじゃないかと。俺にとって一番大事なものは何だ?

自らそう言い聞かす。

 

大丈夫。そんな心配そうな顔で俺を見るな。俺はパーで勝つ。

そんな顔を仲間に向ける。

 

木村、お前はいつまでチョコバナナを食べてる。

少しは、おれのじゃんけんにも興味を示せ。

 

 

僕はおばさんに、200円を渡す。

 

俺が最後だ、見てろ!!必ずぶちのめしてやる!チョコバナナのおばさん!!

 

 

 

 

じゃ~んけ~ん

 

 

 

 

 

 

ぽん。

 

 

 

 

「はい、1本ね~」

 

 

 

 

 

終わった。

 

 

 

 

 

もう真っ白だ。

 

頑張った。

 

 

でも力及ばなかった。これが実力の差だ。

 

 

しょうがない。

 

 

 

 

 

いい勝負だったじゃないか。

 

 

太鼓の音。屋台でにぎわう人々の声。

 

 

 

 

そして、仲間の声が、やけに大きく聞こえる。

 

 

 

 

 

漂う祭りの雰囲気に飲み込まれていく。

 

 

 

 

 

また、今年も勝てなかったか。と

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、

 

 

 

 

 

自分の目に映る、チョコバナナのおばさんと僕のグーを見つめ、膝から崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 仲間たちが何か言っていたが、その後の記憶はあまり無い。

 

 

 

 

 

 

1つだけふと、脳裏によぎった事がある。 

 

 

 

 

 

 

 

丸山、あいつ、3回連続で同じ手出してきたぞ……