あれこれ トミこれ事件簿(´▽`)

世の中のふとした難題をその場の勢いとノリだけで解決していく。

「金色のガッシュベル」人に興味を持たせるのは難しいね

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こんにちわ。

 

とみです。

 

今年で26歳となります。

 

ワタクシ最近、ついにジェネレーションギャップというものを感じるように、なってまいりました

 

 

 

皆さんは、金色のガッシュベルをご存じだろうか?

因みに「きんいろ」、ではなく「コンジキ」と読む。

 

とにかくだが、とても感動できるアニメである。一体何度このガッシュベルに泣かされたか分からない。これは僕にとって青春のアニメなのだ。

僕ら世代の人達は、見ていなくても聞いた事くらいはあるのでは無いだろうか?

 

 

 

ついこの間、大学生とお話していた時の事、話の話題は感動したアニメについてだった。

僕は迷わず金色のガッシュベルを押した。

 

「やっぱガッシュでしょ~」と。俺は何と言われようと金色のガッシュベルだね!と自信を持ってプッシュした。しかし、大学生等から返ってきた答えは「なに、それ?」だった。

 

 

しばらく、場が凍り付く。

え?マジで?「なに、それ?」までいっちゃう?。見たことない、聞いた事ならあるわ~くらいなら、分かる。僕ら世代で言ったら、ドラゴンボールスラムダンクと言ったように、世代では無いが名前くらいは、ある程度認知はされていると思っていた。

 

 

それが、「なに、それ?」と来たもんだ。「食えんの?」みたいな勢いで来られたもんだ。たまったもんじゃない。こんな感動できるアニメが、もはや、何なのかすらも分かられいないのだ。悔しくなった僕は何としてでも、このアニメの素晴らしさを、こ奴ら教えなくてはならんと!それが今日の僕の義務だ!と心に誓う。

 

 

なにそれ?と質問してきた大学生等に僕は、丁寧に説明する。まぁ、簡単に言うとブリが好きな少年が、電撃を吐く物語だな。と……

 

 

すると、大学生から返ってきた答えは、

 

 

 

「つまんなそ。」だった。

 

 

 

な⁉……しまった……

 

 

 

やってしまった。

ガッシュベルに興味を持たすためにと、渾身の意味で放った「ブリ好きの少年が電撃を吐く物語」が完全に裏目に出てしまった。興味が無くなってしまったどころか、つまんなそ。とまで言われてしまった。すべった挙句の果て、完全にガッシュベルから距離が離れていく大学生達。

 

 

 

こんなはずじゃなかった、こっからだ、こっからなんだよ。君たち。

てか、今こそ「なにそれ~?ww」だろ?食いついて来い!!「つまんなそ」じゃねんだよ!!「ブリが好きな少年ってなんだよw」だろ?「そいつが電撃を吐くって、どんな物語やねん!w」だろ!?こい!もっとこい!

 

 

そっから、いくらでも教えてやる。電撃はどうやって出るのかか?本だ!本で呪文と唱えるんだぜ!電撃の名前はザケル!ザケル!!って言って目が白くなって、口から電撃が出て来るんだぜ!!すげぇだろ!防御の呪文もあるんだぜ!ラシルド!!っつって。かっけぇだろ?でもやっぱ、1番泣けるシーンは、ココっていう魔物のところで、それが、#%hおk#kはww

 

って言いてぇ。めっちゃいっぱい言いてぇ事ある。

君たちはまだ、スタートラインに立っていない。こっから怒涛のガッシュベルワールドへと案内してやる。さぁ、はやく食いつけ!入口の扉をさっさとこじ開けろ。

 

 

しかし、冷めた目で一切食いついてこない若者達。「コードギアス」や「あの花」等と言った最近のアニメに飲み込まれていく金色のガッシュベル。こっから逆転の一発はもうほぼ無理に等しい。すまないガッシュ。俺の力不足だった。

 

完敗であった。

 

 

さて、これは自分の説明不足と言った事は大いに考えられる。いや、てか恐らくそうだろう。

 

しかしだが、このようにアニメに限らず、興味がない者に自分のおススメしている物を説明し、相手に興味を持たせるという行為は非常に難しい。

 

現に僕の友達にはどんなに周りが面白いといっても、絶対ワンピースを読まない者もいるし、僕自身も何でそんなアプリにハマってんの?と疑問に思うも、友達に勧められようが一切やろうと思わない。

よっぽどのおススメ力がない限り人に興味を持たすというのは難しい。

 

 内容をいくら説明しようが、興味が無ければ「へぇ~」で終わる。どんなに熱意を持ってお勧めしようが「へぇ~」の二文字でかたずけられる。

 

もしくは、一切の感情が無くなった「なるほど。」か「おもしろそう。」だ。

そこに人間であるという感情は無く、AIの如く記録されている言葉ただ淡々と発する。Aボタンを押したら喋ると言ったように、熱意を持ってお勧めしたら「なるほど」おもしろそう」とその場で反射的に発し、家に帰るころにはもう忘れている。

 

ならば、どうやって興味を持たすことが出来るのか?

この疑問に至る。

 

それは、恐らくこちらがいくら一方的にお勧めしても無理だ。

相手が、食いついてこないと意味がない。で?そっからどうなんの?教えてよ、気になるじゃん!と言ったワードを相手から引きづり出す必要がある。

 

 

そこで、放った渾身の一撃が、「ブリが好きな少年が電撃を吐く物語」だ。

 

 

 想像して欲しい。ブリが好きな少年を。

 

その少年は毎日ブリを食べる。というか、もはやブリしか食べない。

麺や米と言った穀物は一切取らず、野菜や肉と言った物も食べない。ずっとブリを食べている。朝、昼、晩、ひたすらブリを食べ続ける。数ある魚の種類から、ブリだけを抜粋し、こよなくブリを愛している。ブリが無くなってしまったら、この少年は食べるものが無くなってしまう。そんな少年をイメージして頂きたい。

 

さらに言うと、そのブリは生だ。

皆さんは、ブリを食べると聞いて、どのような料理を想像されただろうか?

照り焼き?塩焼き?色々と、美味しく仕上げる調理法があるだろう。だが、その考えは甘い。この少年は、完全に生でいただく。

 

 

しかも、包丁等は使わず、刺身にする訳でも無い、まるごと一匹そのままで食べる。

 

 

ガッシュベルを知らない人達は、恐らくとんだキチガイ少年だ。と頭の中にクエスチョンマークが浮かんでいると思うが、これはマジだ。

 

そして、別に何ら不思議な事では無い。

 

 

分からない人の為に図で表すとこんな感じだ。

 

 

これが、

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こうなる。

 

 

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 よろしいだろうか?

進撃の巨人では無いという事はあらかじめ言っておく。

 

 続けよう。

 

さらなる真実を伝えると、そのブリは手で捕獲される。

皆さんは、ブリに限らず、魚をとらえる時は基本的にどうしますか?

一般的に考えると、釣り竿を使って魚を釣ると言った考えが常識だ。

 

しかし、この少年は、釣り竿等使わない。手で取る。

自らが海へ飛び込み手で捕獲する。

 

大丈夫だろうか?ついて来れているだろうか?

もはや、なんのアニメか、良く分かんなくなってきただろう。

 

続けよう。

 

 

そして、その少年は電撃を吐く。

 

ここまで来ると、もはや異次元の領域に達する。

手でブリをそのまま捕獲し、まるごとそれを食べる少年くらいなら、まだかろうじて想像することが出来るだろう。

 

しかし、電撃を吐くとなるともう、全く次元が違う話になって来る。

まさに、文字通り「何それ?」だ。

 

イメージがわかない人の為に図で表すと。

 

これが

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こうなる。

 

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 想像できただろうか?

 

因みにこの電撃の名前はザケルという。

本に書いてある呪文だ。ザケルと叫ぶと、このように口から電撃が飛んでいく。 

 

 

以上の事を簡単にしてまとめてしまうと、

 

 

 

 

ブリ好きの少年が、

 

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電撃を吐くのだ

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結局は、こういうことである。

 

 

 

 

 

 さて、皆さんはここまでのお話を聞いて、このガッシュベルという物語が理解できただろうか?

恐らく、十中八九出来ていないだろう。

 これで、理解出来たら逆に怖い。

 

なにせ、僕自身が書いていて全く訳が分からなかった。

 

どうやら、僕には人にものをお勧めする才能が無いらしい。

僕の狙いは「ブリが好きな少年が電撃を吐く物語」から興味を持たせて、「なにそれ~?」となったところで、畳みかけていくという作戦だった。

 

 

 

しかし、

 

 

「ブリが好きな少年が電撃を吐く」という物語。

 

よくよく考えてみると

 

 

今書いていて思ったのだが、

 

 

これは、興味がわく、とかどうこういう以前に、

 

 

どうでもいい。

 

 圧倒的にどうでもいい、

 

 

文字で表すと「で?」だ。

 

もはや、「へぇー」や「なるほど」を通り越して「で?」に至る。

どうでもいいの代名詞「で?」である。

 

「ブリが好きな少年が電撃を吐く」と聞いたところで、何も生まれない。そこに唯一何か生まれるとすれば「で?」であろう。

 

 

そう言った意味で、大学生たちのリアクションは間違っていなかった。

むしろ、「つまんなそ」と4文字でリアクションを頂いた事に感謝すら覚える。

 

あーなんて難しいのだろう。

 

人に興味を持たせるというのは、、

 

ごめんな、ガッシュ

 

こんな 俺のせいで、

 

次は頑張るよ。

 

では。

 

 

  

 

恐怖の限界を超えると人は爆笑する、

 

 

 

 

 

人は、恐怖の限界を超えると笑う。

 

皆さんは幽霊をみたり、ホラー映画を見たりした時に爆笑した事はありますか?

 

因みに、僕はありません、ついでに幽霊も見た事ありません。

 

しかし、怖い体験は確かに限界を超えると笑えて来るという、原理はあながち間違ってはないんでは無いだろうか?という体験をしたことはあります。

 

 

アルバイト時代の話、同僚のアルバイトのスマホの様子が、どうやらおかしい。

見てみると、指も触れていないのに、勝手にスマホが動き出すのだ。

 

スマホ自らの意思で、勝手にグーグル開いたり、しりが勝手にしゃべり出したり、変なエロサイトに飛んでったりと、それはもう自由奔放、思春期の少年の如く、好き放題動き回っていた。

 

 

これは、ゴーストタッチという現象らしく、名の通りゴースト(幽霊)タッチ(触る)なんて意味が込めれている。実際なっている人は結構いるようなのだが、

 

当時、初めてそれを目の当たりにした僕は、恐怖で固まっていた。勝手に文字を打ち出したりする、そのスマホが不気味でしょうがなかった。

 

 

 

しかし、その同僚は、恐怖で怯える僕を横に、暴走するスマホを見つめ「はぁ、またか。」と一言。そして、いきなりそのスマホを、テーブルに叩きつける。

 「チっ」と舌打ちをした後、ぐりぐりとスマホの画面を物凄い圧力で押し付ける。もう、なんか液晶がヤバい事になってる。虹色になってる。

 

  

しばらく押し付けた後、うんとも、すんとも言わなくなったスマホ画面。ようやく落ち着いた同僚は、軽く、スマホ画面にグーパンを入れて、「うし。」と一言。何事も無かったかのように、スマホに人差し指をスライドさせ始める。

 

 ………

 

……

 

いや、

 

 

 

ちょっと待ってくれと。何だったのだ?今のはと、 

不可解な現象に あまりにも、自然に元に戻っていく同僚がの姿につい、こう思わざるおえなかった。

 

この行動は謎だらけだ。

まず、「はぁ、またか」でこの現象をかたずけ始める。毎回こんな不気味な現象が、起きてるのか?とこの時点で異常を感じる。そして、直し方だ。あってんのか?それは?だ。一時的な直し方だと思うが、明らかに公式にのっとった方法ではないだろうと思う。そんでもって「うし。」だ。もう大丈夫みたいな。

 

「うし。」じゃないだろ。なんだその、よーしおっけー次いってみよう。みたいな「うし。」は。絶対ダメだろ、またなるだろ、それ。

グーパンを入れる意味も分からん、「もう勝手に動くんじゃないぞ?いいな?」みたいな意味が込めれてるんだろうか?優雅にスマホをスライドさせてる場合か⁉さっさと変えろ!その携帯!!呪われてるぞ⁉

 

 

とにかく、このスマホが怖かった僕は、疑問だらけだった。

 

「ヤバくない?大丈夫なん?これ?」

疑問が山ほどあるが、その意味を全て込めて同僚に放った。

 

 

すると、「あーこれ?もうマジうぜぇよ」と言って、またスマホに夢中になり始める。

 

 

 

…………

 

 

いや、

 

 

終わり?

 

そんなもんなの?

 

  

この、僕と同僚の温度差は明らかにおかしい。

 

恐怖で怯える僕の横で「マジうぜぇよ」と同僚は怒り狂っているのだ。

なぜ、怒っているのか?まず、そこじゃ無くね?と思う。この状況は不思議でしょうがない。

 

皆さんは、怖い話や、ホラー映画を見ていて、いきなり 怒り狂い始める人間を見たことがあるだろうか?ないだろう。

 例えいたとしても、なんで?となるだろう。

 

 

まさに今そんな、感じだ。

 

そこじゃ無い感MAXなのである。

 

二人で「リング」を見ていたとしよう。井戸から出て来る貞子を見て、ビビりまくっている僕の横で、同僚は「あーなんだかなー、もうちょい貞子も髪切って、化粧バッチリ決めればもっといい女になるのになー、あれじゃ男も寄って来ねぇって。ほんと勿体ねぇよ。出て来る場所も井戸ってなんだよ、せめて琵琶湖だろ。これだから貞子は全く。」と訳の分からない文句を並べながら、切れているのだ。

 

 

そこじゃない。そこじゃ無さすぎる。

今は怖がるところだろ。なんで貞子にダメ出ししながらお前は切れてるんだ?

 

と不思議に思うだろう……

 

 

さて、この恐怖が怒りになるという現象、僕はさっぱり分からなかったのだが、数日経って何となく分かってくるようになる。

 

2日~3日経った頃だろうか?

相変わらず同僚は、ゴーストタッチとの戦闘を繰り広げている。

 

サトシの言う事を一切聞かず、指示とは全く別の技を出し始めるリザードンのように自由な行動するスマホ

 

「やれやれ」ともう同僚はあきれ果てている。

 

僕は、その動き回ってるスマホ画面をしばらく見ていて、おかしな感情が湧き上がる。

 

あれ?なんか、イライラしてきた。

当初は恐怖により全く思わなかった感情なのだが、確かにイライラしている。

 

見れば見る程、その動くスマホを見てイライラしてくる。

人間に歯向かっているその、スマホの動きが。そのフリースタイルが。

 

自由になりたいのは分かる、恐らくそれは、人間であれ、スマホであれ同じなのであろう。しかし、スマホよ、お前が今自由に動き回ったところで何が生まれている?

 良く考えてみろ。お前の役割は何だ。人間の役に立つところだろ、それが今は人間を困らせているという事に気づかないのか?

 

 

しかし、この思いをよそに、同僚のスマホはひたすら、動き回る。

ガン無視である。

 

「知ったこっちゃない」と、それはそれはもう、驚くほどのガン無視である。

 

 

 

ダメだ、いらいらする。完全になめてやがる。

ようやく、僕は同僚と同じ領域に達したのだ。

 

 

 怖い→怒りの段階へと変わっていったのだ。

 今なら、同僚の気持ちが分かる。これは確かにいらいらしてくる。

 

 

しかし、僕が怒りの段階へと突入していってる間に、同僚はさらなるステップへと進んで行っていたのだ。

 

 

そう、

 

それが、笑いだ。

 

同僚は、怒りを通り越してもはや、笑っている。

「なんなんだよーもうー」とか言いつつ、笑っている。

 

ずっと笑っている。笑いすぎだろってくらい、笑っている。

 

これも、実に不思議な状況だ。

 

僕が、怒りに震える中、同僚は横で爆笑しているのだ。

なんで笑ってんの?だ。どうみても笑う所じゃ無いだろう?だ。

 

 

皆さんは、何もしてないのに、いきなりぶん殴られて爆笑している人間を見たことがあるだろうか?ないだろう。

 

例え、いたとしても何で?となるだろう。

 

まさに今そんな感じだ。

 

 二人で道を歩いていたとしよう、そしていきなり知らないおじさんに、後ろからラリアットをかまされたとしよう。「いってーな。何すんだよ。」と怒り狂う僕の横で、同僚は「あはは!はは!今のラリアット10点満点だったぜ。ぐっ……プハハハッ」等と言いながら笑い転げているのだ。

 

 

え。なんで?そこ笑うとこ?まず、怒れよ

 

 

と、不思議に思うだろう……

 

 

 しかし、次の日、もういい加減見飽きたよ。というくらい今だにフリーダムな同僚のスマホ

 

そこに怒りという感情は無く、もはや、”どうでもいい”だ。”無関心”ならびに、”何とも思わない”だ。

 

 

そんな状態の中、無限に動き回ってる、スマホが目に入る。

 ずっと動き回っている。

 

 

わかった。わかった。もういいから。

 ガン無視。ひたすら、ガン無視してずっと動き回ってる。

 

 

もう、凄いから、お前は凄いから、分かったから、もういいって。

まだ、動く、ずっとずっと、永久的に訳の分から無い動きをし続ける。

 

 

もう、なんなんだよー。

止まらない、いっさい休もうとしない、もうずっと動く。ずっとずっと動く。

 

 

そして、

 

 

ついに、ここで爆笑である。

あっひゃっっひゃっひゃっひゃっひゃと、それはもう、爆笑であった。

 

 

 

 

同僚も、おおウケである。

 なぜか、分からんが、相当おもしろい。

 

普通に2人で爆笑している。3分間くらい笑ってた。

 

 

ついに辿りついてしまったのだ。

恐怖が笑いに変わる瞬間に。

 

恐怖から怒りを経て、笑いへと変わっていったのだ。

 

 

思うのだが、これは、慣れなのではないかと思う。

 

人は、恐怖を感じるものには、自然と逃げていく傾向にある。

だから、慣れない。慣れないと怖いままだ。

 

しかし、無理やりにでも毎回見ていたら、慣れる。

なれると怖くなくなる→あほらしくなる→笑いと言ったところだろう。

 

ジェットコースターが苦手な友人がいたが、毎回無理やり乗せていくうちに、今や乗ってる最中に写真を撮りながら、笑っている。

 

そんなところだ。

 

 

 たとえば、玄関を開けて女の幽霊がいたとしよう。

始めは、びっくりするだろう。しかし、1週間、2週間と毎回その現象が起きてくるうちに「またか」となっていき、1年後には爆笑している。

 

 

呪怨の”としお”君も、最初は怖いが、毎回ずっと見ていくうちに、「こんな顔だったけ?」となり、1年後には顔を見ただけで爆笑だろう。

 

 

 

 怖いものが苦手?

甘い、慣れが足りないよ。経験だ。

 

 色々と経験し続けて、なれ続けるのだ、そうすれば、その恐怖はいつか、笑いに変わっていく。

 

では。

 

 

 

 

 

究極の選択肢を正解に導く者こそが、幸せになれる。

 

 

 

 

人は、1日に9000回の選択をすると言われている。

 

 

 9000回というと、そんなに?と疑問に思う部分も出て来るだろう。

そんな、ドラクエのモンスターみたいに歩いてたらポンポンと、選択する場面に遭遇するのかと。

 

 

だが、よくよく考えてみると我々は普通に生活してるだけで、無意識に選択を迫られているらしい。

 

例えば、朝起きて、うんこがしたくなったとしよう。

 

すると、まずトイレに行くか行かないか?という選択が出て来る。

トイレの前に立ってドアを開けるか?ズボンをおろして便座に座るか?そもそも、うんこがしたいのか?ケツはふくのか?トイレは流すのか?手は洗うのか?

 

と、うんこをするだけでここまでの選択肢がある。

ただ、無意識に全ていつも通りの行動をとって、トイレを済ましただけだ

 

この点から見ると人間は、おおむね9000回くらいは、1日に選択していると言えるだろう

 

しかし、僕は思った。人間は、1日9000回の選択肢を迫られて、全て正解の選択を選ぶことが可能なのか?

 

これだ。

 

さっきの、うんこの手順に戻って頂きたいのだが、仮にこの手順、1つでも間違った選択肢を選んだと考えて見て欲しい。

 

ゾッとしてこないだろうか?

 

 

少なくとも僕はゾッとする。

トイレに行かなかったら、どうなっていたんだろう?ケツをふかなかったどうなっていたんだろう?と、考えただけで、震えが止まらない。実際、今キーボドを自分で打っていて、ただただゾッとしている。

 

 

まぁだが、この手順を間違える者は、そうそういないだろう。

うんこしてぇーとなって、まぁトイレはいっか、今日は。なんていう奴はいないだろう。だいたい、うんこがしたくなったらトイレに行く。

それはそうだ。普通だ。ゾッとする心配は無用だったらしい。

 

この点からみると、たとえ9000回の選択肢が1日に何回来ようが、普通に生活してれば選択を誤るなんてことは無いだろう。

 

しかし、人生はそんなに甘くない。人間生きていれば、必ず人生において究極の選択を選ばざる終えない時が来る。

 

皆さんは、1日の終わりに今日の出来事を振り返って、いやー。今日はツイてない1日だったわー。なんて思った事が少なからずあるだろう。

 

恐らくそんな日は究極の選択肢を迫られ、間違った選択をしてしまった日だ。

 

 

究極の選択とは突然訪れるものだ。

 

たとえば、朝寝坊したとしよう。いつも会社へと向かう時間よりもだいぶ時間は過ぎてしまっている。ヤバい、ヤバい、と慌てて支度し始める。

 

時計を見ると、まだ頑張れば、間に合う時間だ。こっから着替えて、歯磨いて、5分で支度を終わらせ、○○時発の電車に乗れば何とか間に合う!!

 

よし!!いける!と大急ぎで靴を履き、玄関の扉に手を伸ばしたその時、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべぇ…………うんこしてぇ。

 

…………

 

 

そう、

 

 

 

 

 

 

うんこ襲来である。

 

 究極の選択とは本当に突然訪れるものだ。

 

朝起きてまだ、5分と足らずして今日の命運、いや、下手すれば今後の人生を左右しかね無い程の選択肢を迫られるのだ。

 

なんて、神様は卑劣なものなのだろう。

 なぜ、このタイミングなんだろう……と

 

 

 

 

今家を出なければ、間違いなく会社に間に合わない。しかし、耐えられるだろうか?

猛烈に襲い掛かってくる、圧倒的うんこのプレッシャー。

 

うんこ爆誕。うんこの逆襲。

 

会社までの道のりは1時間、満員電車に揺られながら、このうんこの撃襲に耐え抜くことが出来るのか?

 

いや、無理だ。コイツは一回怒らせたら用を足すまで二度と頭から離れていこうとしない、言わば、悪魔の化身。早く出せと、ノイローゼのように頭の中で囁き続けてくる。こんなものに太刀打ち出来るのは、よっぽどうんこ好きのクレイジー野郎じゃないと対抗できない。

 

 

ならば、一度会社に遅れるよう伝え、しっかり用を足してから行くべきか?

いや、ダメだそんなことしたら俺が、苦労して積み上げてきた、今までの信頼が崩れてしまう。

 

 

ど、どうする。今まさに人生の命運を分ける大事な局面。

ここが、天下分け目の天王山と言ったところだろう

 

さて、ここで気になって来るのが、この場面での回答だ。

一体どれを選べば正解なのか

 

まず、真っ先に考えなくてはいけないのは「漏らす」という事だ。これさえ防げれば最悪今日はダメな1日でも、今後の人生には少なくとも、影響は出ないと思われる。

 

己のコンディションと上手く相談し、冷静にその場の状況に合わせ判断しなくてはならない。

 

 

 もう、時間内に出勤というのは諦めて、素直にその場で、ドロップし戦いから降りるか?それとも、ええい!考えてる暇などない!!ここは勝負だ!とコールして戦いに出るのか。

 

 

今日の1日が不幸になるのか、それとも何事もなくいつも通り平和に過ごせる事が、出来るのか?ここで決まる。

経験、知恵そして、相手の(うんこ)実力。

 

 

 

それは、まさにギャンブル、、己の腹の具合、勘、気合、うんこの圧、気温、、全てを読み取り、この状況でどれが1番正解の答えなのかを導く必要がある。

 

 うんこの様子を伺い、深く読み取り、探り合う、裏に裏を掛け合う圧倒的心理戦。

 その勝者こそが、今日の幸せを勝ち取るのだ。

 

 

 

 

 

  

因みにさっきから、全くもって、最終回答にたどり着かないのだが、正直いうと、どれが正解なのか僕はさっぱり分からない。完全に迷宮入りしている。

 

 

偉そうに「究極の選択肢がある」等と、申し出たところ、申し訳ないのだが、この回答については、今だ不明だ。

 

結果、ただただ、うんこと会社員が戦っているだけという、読む価値に一切値しないストーリー展開となってしまった。その点は深く反省しております。

 

 

そうね、

 

まぁ、何が言いたいかって言うとあれだ、

 

 

そう、

 

 

 

 自分の信じた道を選べって事だ。

 

 

そうすれば、悔いがないっていうか、そう、間違いないって事だ。

 

 

 よし、

 

 

上手くまとまった。

 

 

 

では。

 

すいませんでした。(笑)

 

扇子の役割とは一体何なのか………?

 

 

 

 

 

 

 

目の前のおばさん2人組が物凄い勢いでしゃべり続けている。

 

電車の席について約10駅くらい過ぎただろうか?

いまだ、いっこうに止まる事のない無限の会話。扇子をパタパタと扇ぎ、もはや息をすることも忘れているのだろう。おばさん達は同時に、けのびでスタ―トし、1回も水面上に顔を浮かべることなく間もなく3000m付近のクイックターンに差し掛かろうとしている。

息継ぎすらもせずに、永遠と繰り返されていくその会話、あぁ言えば、こう返す、怒涛のエターナルチャットが今目の前で繰り広げられている。

 

一体何をそんなに話すことがあるのかと。

 

僕はとても気になっていた。

 

さっきからずっと、

 

あなたたちがずっと手に持っている、それ、

 

扇子。

 

 

 

そう、その扇子だ。会話が開始されたと同時にずっと煽り続けているその扇子の動きが明らかにおかしい。

会話に夢中になっているせいか、縦横無尽、四方八方と不自然に動くその手に持っている扇子の動きが気になってしょうがない。

 

時には、隣のおじさんを扇ぎ、時には見ず知らずの人間のバッグを扇ぎ、そして最終的にはお互いの腕や、靴を目掛けて扇ぎ続けられている。型にとらわれない自由奔放な動きを見せてくるその扇子はもはや、本来の役割を果たしていない。

 

何のために生まれてきた…おまえ…と、ふと疑問に思ってしまった。

こうなってしまっては、もうおしまいだ。

 

 ひたすら、扇子に感情移入してしまう。

 

そもそも扇子とはどんな使われ方をするのかを考えると、暑い状況の中でパタパタと扇ぎ自分の体温を少しでも下げ、 涼しくするような働きをする。という考えがスタンダードな考え方だ。

 

その点からみると、すでに、この扇子たちは役目を終えている。

もう、10駅程冷房の効いた電車の中にいるのだ。中はすいていて、もはや僕は寒いと感じるほどだ。決定的とも言えるのが、もはやおばさん達は自分を扇いでない。ブンブンと、ただ訳も分からず振り回してるだけだ。

 

 いや、俺今いる?僕が扇子だったら、真っ先にこう思うだろう。まるで、暇すぎるバイトに出勤してしまい、今か今かと早上がりを狙うアルバイトのトーンのように、「いや、俺今いる?」というだろう。

 

いらないよね?ねぇ?頼むよ、無駄な労働だよね?早く休ませて!もう1時間近く水も飲まないでブンブン振り回し続けられてるんだよ?人件費の無駄だよね?と心の底からすがって行くだろう。

 

 しかし、おばさん達は会話に夢中であるため、気にしない。「こないだ、章くんがね~」「まぁ~そう~」なんて会話のキャッチボールが繰り返されつつ、豪快に腕を振り下ろし、意味のない場所を永久的に扇ぎ続ける。もちろん残業代どころか、給料なんか出ない。恐るべしブラック企業、恐るべしおばさん。僕が扇子であれば、間違いなく扇子である事を辞めているだろう。

 

 

しかし、良く考えてみるとこの扇子。本来の使い方とは違うものの、使われていることは事実だ。おばさん達はこの扇子を別の使い方で使っているのでは?と疑問に思った。

思えばこの状況は、家にいてテレビを見てないのにテレビをつけていると言った状況によく似ている。

 

 

僕は、家に帰るとテレビをまず付ける。見なくても絶対つける。因みに電源を付けた後ずっと8を連打している。そしてテレビのチャンネルが8に変わったのを見届けてから、次の行動に移るのだ。これはもはや習慣であり、こうしないと落ち着かないのだ。

 

結果的にテレビは見られている訳でもなく、ずっと点けられっぱなしの状態である。僕は気づけば部屋に転がりスマホを眺め続け、テレビの内容等全く頭に入ってない。そして眠くなってきたら、電気と同時に点けられたテレビも消す。おやすみ。といったパターンだ。

 

このテレビの使われ方は、本来の使われ方としては絶対間違っているだろう。

しかし、僕は部屋でテレビが点いていることが当たり前の習慣になってしまっている。

見なくても、点いてるだけで安心感があるのだ。逆に点いていないと不安でしょうがない。

 

 

 

さて、扇子に話を戻そう。

このおばさん達の扇子の使い方はどうだろうか?

もはや、点けられっぱなしのテレビと同じような状況だ。

 では、このおばさん達も扇子を扇ぐという事に、安心感を抱いているのでは無いだろうか?おばさん達にとっては扇子を扇ぐことは当たり前の習慣であり、常に扇いでないと落ち着かないのだ。

 

 日常における生活において扇子は不可欠。ごはんを食べる時は扇子、風呂に入る時、洗濯する時も扇子、寝る時も扇子。こうして常に扇子が一緒にいることによって、おばさん達も安心感が得られるのでは無いだろうか?現に扇子を扇ぎながら会話を進めているおばさん達の表情は、安心感があり楽しそうに見える。

 

そして、

これは、一種のアクセサリーのようにも見える。自分にとって当たり前であり、そして自分を着飾るおしゃれアイテムのようにも見えてくる。

これは、時間なんてあまり見ないのだが、常に出かける時には腕時計をつけていると言った状況に近い。

 

 腕時計を、時計として扱うのでは無く、自分のおしゃれ度をグレードアップさせるアイテムとして扱っているのだ。

 

この扇子からもそのようなものが感じられる。

おばさん達のその、自信に満ち溢れた余裕な表情が物語る。さぁ。見なさい。これが本物のわたしよ。扇子を装備した美の限界突破、全てのステータスを美に振り分けたわたしの最終形態よ?あらぁ?あまりの美しさに言葉も出ないかしら?うふふ

 

なんて表情が伺える。

てか、マジで美しく見えてきた。

 

 なんだ?この圧倒的な美のステータスは?完全に誘惑されている。最初に見た時は、大声を上げながら、喋り続けているおばさん達に少しばかり苛立ちを覚えていたが、今は完全に魅了されている。誘われている?マジか。扇子。お前……

 

この現象は日本舞踊を踊る、舞妓さんが着物を身にまとい、扇子を広げながら美しく舞い踊る姿に魅了されていると言った現象に似ている。

 

凄すぎるぞ。扇子。

おまえ、しっかり仕事してんじゃねーか!!!

 

その後、おばさん達は会話を辞めることなく残り4駅くらい過ぎたところで降りていった。電車を出た後も相変わらず煽り続けられる扇子。

おばさん達の後ろ姿はあまりにも輝かしかった。まるで、浴衣を身にまとい今から彼氏と花火大会を見に行くの。と言った感じの光景がはっきりと目に浮かんだ。

 

 「そろそろ休憩下さい」

 

扇子からそんな声が聞こえた。

 

 

頑張れ、扇子。

 

 

1+1=の深さ……

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「1+1=田んぼのた~」僕は、これの意味を知った時とても衝撃を受けた事を覚えている。

 

 

 

僕はこの意味を知るのに、だいぶ時間がかかった。

ある日、友人が何の前触れもなく僕に「1+1は~?」と聞いてきた。

僕は普通に2と答えたが、友人から返ってきた答えは「はい~残念~田んぼのた~」だった。

え?と首を傾げ、しばらく長考した結果、僕が思ったことはシンプルに、なんで?だった。2じゃね?だった。

思えばこの時、素直にこの疑問を友人にしっかりとぶつけるべきだった。

 

 

 

しかし、ケラケラと僕をあざ笑う友人、してやったぞと言わんばかりの傲慢な態度をとる友人に対しムっとし、己の無駄なプライドがそれを聞くことを許さなかった。

 

 

 

しばらくして、皆がこの「田んぼのた~」を使い始める。僕も流れに乗って、意味が全く分からないものの、この「田んぼた~」を使っていた。

1+1は~?に対して2と答えると、はい~田んぼのた~っと。そしてそれに対して皆、うわ~出た~それ。と言うのだが、何が「出た」のかさっぱり分からなかった。

田んぼのた~から、何が出たのか不思議でしょうがなかった。

 

 

 

もう我慢の限界だと、誰かに聞こうとしようとするが、時すでに遅かった。

周りの当たり前になっているこの状況が、そして意味が分からないものの自信満々でこれを使ってる自分の今の立場がそれを邪魔してくる。

 

 

今で言うとTwitterやインスタって何?EXILEって誰?っといった質問に似ている。もう完全に今さら?感が出ているのだ。

 

 

 

一体なぜ1+1が「田んぼのた」なのか、当時小学校低学年の僕は悩みを抱えていた。

 

 

そもそも、僕は、田んぼの田ではなく、田んぼの「た」だと思っていた。

そう、「た」だ。あかさたなの「た」ひらがなの「た」だ。

 

 

1+1=た。これは、当時の僕にとってはとてもミステリアスな問題だった。

普通に考えれば1+1=2だ。今まで義務教育として、常識としてそう習ってきた。しかし何故か今は1+1=が「た」になっている。

 

 

 

完全に頭が混乱していた。考えれば考るほど、泥沼におちいっていく。見れば見るほど分からなくなっていく謎の文字「た」。

いつまで経っても答えに辿りつけない僕は、やがて考えるのをやめる。

 

そして、1+1=「た」なんだとシンプルに考え始める。

1+1=2ではない。「た」だ。何かが崩れていった気がした。

 

2の時代はもう終わった。もう今の時代は1+1=「た」の時代なんだ、と脳に植えつけ始め、やがて1+1=「た」と常識的にとらえ始める。

 

そもそも、答えが「た」であれば、なぜわざわざ田んぼのた。と言うのか?シンプルに「た」で良くね?と、どんどん道が逸れていく。

 

語呂がいいだけだろと思っていた。

 

 

 そして、すっかり1+1=「た」に定着していった僕の頭。

 

 

しばらくして、友人がまた質問をしてくる。「1+1は?」僕は待ってましたと言わんばかりに答える。「田んぼのた!」

しかし、友人から返ってきた答えは「はい、残念2でした~」だった。

 

え?としばらく首をかしげながら長考した結果、僕が思ったことはシンプルに、何で?だった。「た」じゃね?だった。

 

世界がどうかしてんのかと思った。「た」になったり、「2」になったり、1+1が途端に分からなくなった。まさか、1+1でつまづくとは思わなかった。

 

もっと、証明や確率、連立方程式等と言ったものに苦戦するなら分かる。

1+1だ。ヤバいなんてものじゃ済まされない。このまま1+1すら分からないまま大人になってしまったら、周りからは凍てついた目で見られ続け、その視線を浴び続けた僕はやがて石になり「1+1が分からない人間」としてどっかの寺や、神社と言った観光スポットに石像として飾られることになるだろう。

 

観光客からは、指をさされ「あれが噂の1+1が分からない人間よ~」「うける~」と爆笑され続けながら生きていく事になってしまう。石化しているため、涙も流せず言い訳もできず、やがて飽きられた僕はハンマーかなんかで壊されて人生の最後を迎えるだろう。

 

 

 

流石に、これ以上は自分の人生に異常をきたすと思った僕は友人に訪ねる。

1+1=なぜ、田んぼのたなのか、そして2なのか?

 

すると、

思った以上に友人は丁寧に説明してくれた。1+1=漢字の田だと。

だから田んぼの田なんだと。

 

 

ようやく、この答えにたどり着いた僕は想像以上に感動していた。

すげぇ!と、算数が国語になった。という訳の分からない思考回路が、頭の中を駆け巡っていった。

この時から僕は、1+1=の答えには「2」と「田んぼの田」がある事が分かった。

 

 

そして、この理論で行くと0-0=メガネと言う事も証明された。

 

 

 

 

メガネf:id:tommy-kun:20180805203129p:plain

=の無理やり感はあるが、まぁメガネだ。

 

 

 

 

そして同時に0-0-0-1=中島という事も証明された。

 

 

 

 

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中島

もう、完全にめちゃくちゃな上に誰だか分からないので、「いその」は勝手に足させて頂いた。

 

因みにこの数式はこんりんざい一再使用されることは無く、覚えていても全く役に立たないので綺麗さっぱり忘れて頂きたい。

脳のメモリーが無駄になるので、なるべく早く頭から抹消することをおすすめする。

 

 

さて、1+1=「2」と「田んぼの田」がある事気づいた僕は、もう無敵だと思っていた。1+1=と聞かれれば、算数的に言えば「2」国語的には「田んぼの田」と言う一切の弱点が見当たらない最強の答えを見出してしまったからだ。流石にこんな事を言われた友人はぐぅの音も出まい。

 

そして、案の定バカの1つ覚えみたいに友人から「1+1は?」と質問が飛んでくる。

「2」もしくは、「田んぼの田」と答える。まぁ正確に言えば数字的には「2」文字で表すと「田んぼの田」と言ったとこかな?と心の中で軽くガッツポーズをし、自信満々の笑みをこぼす。友人がその場で膝から崩れ落ち、僕を拝みたて続けるイメージが頭に浮かぶ。

 

 

しかし友人から返ってきた答えは「はい残念~もっとでっかい1~」だった。

 

え?首を傾げ、しばらく長考するが、流石にこの僕ですら、この答は少しおかしいのでは無いかと疑問に思う部分が出てきた。大丈夫なの?これ?だった。

 

「もっとでっかい1」はちょっと無理がありそうな気がする。捻りが無さすぎる。

「田んぼの田」と聞いた時は、なぜ?と何か裏がありそうなワクワク感に興味がそそられた。何かそれらしい答えがこの中に潜んでいると。そして、その答えも素晴らしいものだった。

 

 

一方の「もっとでっかい1」は単純すぎて、全く興味がそそられない。めちゃくちゃ頭悪そうだ。

1に1を足すともっとでかい1になる。どんなに頭のいいやつが説明したとしても頭悪そうに見える。

 

これについては具体的に話し合うも、皆良く分からないという結論に至り、良く分からないまま使い続けていった。1に1を足すともっとでかい1になるんだよ!の一点押しで皆乗り切っていった。

 

まるで切り札のジョーカーの如く「2」「田んぼの田」と言われると、「ちっ切るか。」と言った形で「もっとでっかい1」が使われていった。

 

ともかく1+1=「2」「田んぼの田」の他に良く意味が表せない謎の答え「もっとでっかい1」が、突如加わってしまった。

 

 1+1=と言われると、すぐに頭の中で3択に迫られる。

 「2」「田んぼの田」「もっとでっかい1」。急に頭の中で選択コマンドが現れる。

流れから言って2か?いや、ここは冷静に「2」と「田んぼの田」を抑えていくべきか?しかし、奴には「もっとでっかい1」が控えてる。ならば、先に「もっとでっかい1」を潰すか?いや、そしたら、単に答えが「2」だった場合、そんなのも分かんないの~?と、邪悪な目で見降ろされ、ケラケラとその場で笑い転げられる。

 

 

 と、いくら頭のなかで推理しようが、絶対その答えが合う事は無い。

100%間違える問題。1+1=

 

友人同士、みんなで必死な心理戦が繰り広げられる中、一切の確定的な答えが出ない1+1=は当時の僕達にとっては、どんな積分よりも難しい問題だった。

 

 

しかし、それも一時のブームであり、時がつれるに連れて皆使わなくなっていった。

やがて、僕らは、大人になり最終的には、1+1=2だったという結果にたどり着いた。

 

少し遠回りをしてしまったが、結局は1+1=2という事が分かって僕はとても安心しました。(笑)

そして、「田んぼの田」や、いまだに謎だが「もっとでっかい1」という答えがある事を知った僕はとても視野を広く持つことが出き、もっと頭が良くなった気がします。

 

 

人生において、1+1=2は当たり前ですが、たまには見る角度を変えてみてもいいかもしれないと思います。

 

では。

 

 

 

 

 

記憶喪失。それは飲み過ぎによるものなのか?

 

 

 

ふっ、なるほど。

しばらくたった後。

 

どうやら、また世界線を間違えて来ちまったようだな。

っと僕は小さくつぶやいた。

  

 

 

時はさかのぼる事、数時間前。

 

 

AM5時。

 

居酒屋を出た後、ふらふらな足取りで、水道橋駅へと向かう不気味な男性が1人。

 

顔はドラえもんのように真っ青で、度々地面に膝から崩れ落ち、「うぐぅっっ」

という謎のうめき声を上げながら、駅を目掛けてゆらゆらと進んでいく。

 

周りの人々も薄々勘づいていただろう。

そのあまりにも奇妙なその姿は、間違いなく噛んでくるタイプの奴だ。

今にも銃口を向けられそうなその男性を仮に俺としよう。

 

いや、俺だ。

 

 

 

終電を逃した僕は始発電車、AM5時くらいの千葉方面へのJR総武線の電車に乗った。

 

そして、ここから記憶が無くなる。

 

しばらくして、目を覚ますとトイレの中にいた。

せかせかと、時計を確認すると、時刻はAM8時30分。

 

ん?分からん。何が起きた?なぜ今トイレの中にいる?

 

落ち着いて状況を整理する。

まず、最後の記憶を辿る、始発電車5時の千葉行きの電車に乗った。これは間違いない。絶対だ。神に誓う。嘘であれば何だって飲み込む。地球上に存在するものであれば何だって飲み込む。針でも、岩でも、バッタでも、何であろうと飲み込んでやる。これは紛れもない事実だ。

 

 

では、この3時間半の間に何が起きたというのだ?

 

思えば、吐き気がする。

ポケットの中を確認すると、謎の居酒屋のクーポン券がおびただしい量で、これでもかという程くしゃくしゃな状態で出てきた。もう、洗濯機に入れられた後みたいな、ぐにゃぐにゃか、パラパラか良く分からないあの感じで出てきた。

 

そして何と言ってもこの、凄まじい頭痛だ。

まるで、金属バットにこん棒を混ぜて、ビームサーベルにギガマンティスのカマを掛け、包丁のような刃物をつけ足した凶器を、そっと床に置き、サボテンでぶん殴られたような物凄い頭痛を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

頭痛、吐き気、クーポン券、トイレ、密室。

 

 

 

 

事件の予感しかしない…

 

何らかの事件に巻き込まれた気がする。

脳裏に不安がよぎる。己の直感いや、本能がここをすぐに出ては行けないと、ブレーキを掛ける。

 

しかし、手掛かりが、余りにもなさすぎる。

頭痛、吐き気、クーポン券、トイレ、密室。

 

この少ないヒントでどう解決しろというのだ?

なぁ?工藤新一?

 

とか、考えつつケツを出しながら便器に座り、頭を抱えながら、「うぅぅっ」とうめき声を上げて早30分が経過していた。

 

らちが明かない、1つづつ順番に解決していこう。

 

まず、頭痛だ。これは間違いなくサボテンだ。

なぜなら、サボテンでぶん殴られたくらい頭が痛いからだ。

 

凶器、サボテン。

サボテンで殴る→トイレに引きづりこむ。

 

良く分からないが、ちょっと近づいた。

 

では、残りの吐き気とクーポン券はどうだろう?

 

クーポン券は居酒屋の物だ、つまり、そのクーポン券を常に所持しているという事だ。

なるほど、だいぶ分かって来たぞ。

 

という事は店員による犯行という可能性が高い。

なぜなら、居酒屋の店員はクーポン券を常に山のように持っているからだ。

 

犯人→居酒屋の店員

 

凶器→サボテン

 

居酒屋の店員がサボテンを見つける→それでぶん殴る→僕のポケットの中にクーポン券を入れる→トイレに引きづりこむ。

 

もう何がしたいのか全く良く分からないのだが、だいぶ確信へと迫ってきた。

 

後は、この吐き気だ。

これには、引っかかる点がある、僕が吐き気を催す場合は、必ず食べ過ぎか、呑み過ぎだ。

 

つまり、この現場は居酒屋である可能性が高い。

なぜなら、居酒屋は食べ物も飲み物も沢山あるからだ。

 

 

流石のコナン君もこの推理力には頭が上がらないだろう。

圧倒的IQの差を見せつけ、犯行の確信へと迫った。

 

現場→居酒屋。

 

犯人→居酒屋の店員。

 

凶器→サボテン。

 

そして、僕が電車に乗っていた、という事を考える。

 

これらをまとめるとこうだ。

 

居酒屋の店員が電車でサボテンを見つける。→ぶん殴る。→気絶する。→居酒屋に入れて大量に飲み食いさせる。→気分が悪くなる。→サボテンでぶん殴る→気絶する。→ポケットにクーポン券を入れる。→トイレに引きづりこむ。→サボテンでぶん殴る。

 

もはや、ただの殺人事件だった。

 

 

つまり、今いる、このトイレの中は居酒屋である可能性が高い。犯人のアジトという事か。

 

ほう、よくもまぁ3時間半という時間で僕を電車から引きずり降ろし、ここまでの犯行を行えたものだ。逆に関心すら覚えちゃうね?

 

 

とか考えつつ、便座に落ち着いてからすでに1時間経過していた。

 

そろそろ、脱出しなくては、とそっとトイレの扉を開け、出口に向かった。

しかし、その先には驚くべき光景が広がっていた。

 

現在AM9:30

記憶を無くしてから約4時間が経った頃。

 

僕は、吉祥寺駅のマックにいた。

目の前には、赤い髪の毛をしたドナルドがハッピーセットを抱えながら、「朝マックでもする?」と言った目で僕をガン見してくる。

 

なぜ、マックにいるのだ?てかなんで吉祥寺なんだ?

JR千葉行の電車に乗ったことから考えて、

何をどう計算してもこの答えにはたどり着かなかった。

 

まるで、時空を超えたパラレルワールドにでも来てしまったかのようなこの感覚。

何も初めての感覚ではない。

 

度々このような事が起きるのだ。

 

 

 

 

ふっ、なるほど。

しばらくたった後。

 

どうやら、また世界線を間違えて来ちまったようだな。

っと僕は小さくつぶやいた。

 

 

 

知らない間に記憶を失い見知らぬ世界に引きずりこまれないよう、

皆さんもアルコールの取り過ぎには十分に注意して頂してください。

 

 

 では。

 

 

 

  

 

可愛いは正義という事を証明した。

 

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 こんにちわ。

 

とみです。

 

 

可愛いは正義。

つまり、可愛いという事は、何をしても正しい正義の味方という事だ。

 

何をしようが許されてしまう。

 

例えば、いきなり人をぶん殴っとしよう。間違いなく100:0でこっちが悪く、一瞬にして警察に連れていかれるだろう。

 

しかし、アンパンマンが、あんパンチ!!と言ってぶん殴ったとしたらどうだろうか?

 突如来たあんパンチに、怒りと言うよりかは、何か反応しなくては申し訳ないという本能が自然と先に出てきてしまう。「お、おぅ、ば、ばいばいきん?」となるだろう。

 

 

「食べる時は箸を使いなさい!!手で食べるなんてみっともない!」

と言われるが、それがプーさんだったらどうだろうか?

 

 

彼女に浮気がばれて、ディズニーランドで撮った2ショット写真が見つかってしまった。

しかし、その相手がミニーちゃんだったらどうだろうか?

 

人間界でも同じような事が言える。

例えば、中年のおっさんが素っ裸で、街を歩いていたら、一瞬にしてインぺルタウンに連れて行かれるだろう。

 

しかし、それが北川景子だったらどうだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許される!!!!

 

そう、不思議な事に何をしようが可愛ければ許されてしまうのだ。

 

可愛いは絶対にして無敵!最強の生物なのだ。

 

可愛い生物=最強の生物と言う事だ。

 

 

 

 

ここで、一つ気になるところなのだが、

 

可愛い生物=最強の生物。

 

だと、少しわかりにくい、最強の生物と言っても抽象的過ぎる。

 これが、具体的に何なのかを解明する必要がある。

 

 

最強の生物とは一体何なのか?

 

最強と言うからには文字通り最強で無くてはならない、つまり、誰にも負けないそして、圧巻の力、不死身。何度でも立ち上がるその生命力!!

 

誰しもが恐れるその強大な存在感。

 これだ、

 

 

 そう…

 

 

 

つまり、 

 

 

 

 

 

 

 

ターミネーターだ。

正に相応しいと言える。不死身。そしてその壮大な力の前に、誰しもがひれ伏すだろう。

もし、ターミネーターが目の前に出てきたとしたら、凍り付くであろう。終わったわーと思うであろう。もうちょっと生きてたかったなーと、ターミネーターがじわじわと近づいて来るにつれて、今までの人生の回想シーンを振り返るであろう。

 

それほどまでの恐怖を与えるターミネーターは間違いなく最強の生物と言える。

 

つまり、先ほどの公式に当てはめると。

 

 

 

 

可愛い生物=ターミネーター

 

となるのが、容易に分かる。

 

だが、ターミネーターだけで、果たして最強なのであろうか?

最強=つまり弱点が無いという事だ、確かに、力だけであればターミネーターは最強だ。誰も反論することは出来ないだろう。

 

しかし、力だけでは、最強は成りえない、

 

ターミネーターにも弱点がある。

 

 

 

 

そう。金が無いのだ。

ターミネーターは貧乏だ。

このままだと、裕福などっかの社長に金と権力で釣られ、一生奴隷として働かされる運命に合うかもしれない。

 

つまり、金と権力。圧倒的な資産と、人々をまとめる壮大な統率力を持った人物が必要と言う事だ。

こんな、人材はもう総理大臣しかいない。

正に、無敵。言うまでもなかろう。

 

金、権力、統率力、力。のロイヤルストレートフラッシュ。正に弱点なし、絶対無敵の生物が完成した。

 

 

 

つまり、

 

可愛い生物=ターミネーター安倍晋三

 

と言うのが容易に分かるだろう。

 

 

 では、

可愛い生物とは、何だろうか?

 

可愛いと言ってもそれは、人それぞれ意見があるだろう。

人間で例えるとなるとそれは結構至難の業となる。全人類、満場一致でこの人と決まることはまず不可能だろう。

 

前田敦子が可愛いと言えば、大島優子が可愛いと言う奴が現れ、広瀬すずが可愛いと言えば、バービーが可愛いと言う者もいる。

 

人間で例えるのはあまりにも無理がある。

 

 

 

 

いないだろうか?満場一致で我々人間が可愛いと思う生物。

 

いや、

 

 

いる。

 

 

その、愛くるしい表情でこちらを見つめて誘惑し、誰しもが認める圧倒的可愛さを誇った生物が。この生物を可愛く無いと言った者は、未だに一度も会ったことが無い。

 

 

 

そう。

 

 

 

 

 

 

ハムスターだ。

無敵!圧巻の可愛さ!

まず可愛い以外に何も表現が出来ない動物だ。

他に言う事が何もない。

 

 

 

ハムスター飼いたいんだー!

へぇー何で飼いたいの?

 

 

 

A_____________

 

 

可愛いから。

以外の答えがあったら是非教えて頂きたい。

 

 

 

 

正に地球上でもっとも最強の可愛い生物だと言える。

 

 

 

つまり。

 

ハムスター=ターミネーター安倍晋三

 

というのが容易に分かって来たであろう。

 

 よって。

 ハムスターは可愛いくて、最強な生物である。という事は証明された。

 

しかし、ちょっと待って欲しい。

ハムスターは正しく最強の権力を持っている。これは間違いない。

 

しかし、このハムスターは一体なぜ、この地位を獲得できたのか?

ということを考えて頂きたい。

 

ハムスター界の中では、恐らく人間と同じように内乱が起きているはずだ、

あの子が可愛い、この子が可愛いと、ハムスター同士でぶつかり合い、ハムスターから見れば自分達の中から1番を見つけ出すのは、至難の業であろう。

 

それが、全部まとめて1番になり、最強の地位を獲得していることに、少し疑問がわく。

 

一体誰のおかげで、ハムスターは最強の地位を獲得しているのか?

なぜ、こんな現象が起きるのか?

 

それは、

 

 

 

我々のおかげだ。

 

我々人類がハムスターを可愛いと公言してるからだ。

 

そう、つまり、我々がハムスターにこの地位を献上してあげているのだ。

その、報酬としてハムスターは我々に可愛さを報酬として、与えている。

 

このような、契約が無意識の内に行われていたのだ。

つまり、我々がこの契約を破棄してしまえば、ハムスターは最強の地位を失うという事だ、すなわち、ハムスターは我々には逆らえないのだ。

 

以上の事から

 

ハムスター < 我々

 

ターミネーター安倍晋三=ハムスター

 

という事から、

ハムスターにこの、ターミネーター安倍晋三を代入すると、

 

ターミネーター安倍晋三 < 我々

 

 

となる。

 

何という事だ、怖い、もう自分が怖い。

物凄い発見をしてしまったのではないか?

 

ターミネーターのあの底知れぬ強さ、安倍晋三のあの統率力、それを全て差し置いて、結局我々が最強だという事だ!

 

これは、大いなる一歩だ。

自身を持って欲しい!全人類胸を張って、堂々と誇らしく明日も生きていって欲しい。

 

 

だって、我々は、最強なのだから!!

 

まじで、何の話だっけ。

 

 

では!